清水小学校校歌

         
郷田 悳 作詞    服部 良一 作曲

1 ランランラン ランランラン
  光はじけて 水の流れる
  樹々(きぎ)を山を谷間を
  苦難(くる)しみの岩をくぐりて
  ただひたすら
  大いなる洋(うみ)に行かん
  清き水
2 リンリンリン リンリンリン
  歌いささやき 水の流れる
  こころ清く 雄々しく
  励めやと声も明るし
  友よ汲(く)もう
  遙かなる夢ぞただよう
  清き水
3 ロンロンロン ロンロンロン
  空ゆく雲の水の 流れる
  若きいのち故郷(ふるさと)
  何日(いつ)の日にか想い偲ぼう
  こころ深く
  幼き日 面影見ん
  清き水
4 ランランラン ランランラン
  春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)水の流れる
  円く強く鋭く
  空翔(か)ける願いをこめて
  いざいざいざ
  大いなる洋(うみ)に行かん
  清き水

作詞・作曲者について

作詞者  郷田 悳(ごうだ とく)     作曲者 服部 良一(はっとりりょういち)

明治38年5月25日生まれ。昭和初期の劇作家、演出家。大阪市生まれ。関西歌舞伎を初め、新派、新国劇などに脚本を書き、演出もした。戦時中、『国民演劇』に多く書いた。代表作に、「日柳燕石」(昭和15年)、「梅田雲兵」(昭和18年)、「太左衛門初やぐら」(昭和26年)、他に「にあんちゃん」「流転」など。
明治40年10月1日生まれ。昭和・平成初期の作曲家。大阪市生まれ。昭和10年代から「山寺の和尚さん」「別れのブルース」「湖畔の宿」など、戦後は「東京ブギウギ」「銀座カンカン娘」「青い山脈」など、流行歌謡曲を数多く作曲した。平成5年度に国民栄誉賞を追贈された。

    校歌ができるまで

 清水小学校創立80周年(昭和32年)を記念して、戦後の教育に合わなくなり歌わなくなった校歌に代わり、新たな校歌を制定することとなった。そこで、当時の子安吉樹校長と音楽部の鈴木利夫先生は、浦堂に別荘のあった演出家の郷田悳氏に作詞をお願いした。
 さらに、郷田氏は、知人である作曲家の服部良一氏に作曲を依頼した。服部氏も、自分が大阪市出身という身近さから、こころよく引き受けた。そして、ここに今も歌い継がれ愛される校歌が誕生した。   


校歌にこめられた想い・・・二通の手紙から

『私の幼い友達に』
  
 ぐったり・・・つかれきってしまったとき、くらくわびしいなかに、すっぽりとこころもからだも落ちこんでしまったようなとき・・・
 私は、あの歌を歌っている少年少女を思ひ浮かべる・・・身体中が声になって、いのちとのぞみにはづむけなげな可愛い人たちを・・・
 激しい力、みづみづしいもの、明るく空かけるようなものが、私の胸をふくらませる・・・私はよみがえる、疲れは泡のように消え去る
 私には、私の作った歌詞を毎日歌ってくれる友達がいる、りりしく、美しく、しなやかでキラキラと光る私の幼い友達が・・・私は幸せだ・・・
 作ったものは私のいのちのかけら・・・それをいつくしみ、くり返し、高らかに、白い息それが七色のにじになって北攝の空にかかる・・・
 私は涙ぐむ・・・そして自分を鞭うつ・・・私のいのちの仕事に祈りをこめて、ほんとうに正しく、雄々しく、のぞみにみちて生きて行こうと・・・
 わたしの小さな友達よ、私は貴方たちの声に淨められ、はげまされる・・・あなたの大きな友達のおじさんが・・・どんなにそれが嬉しいか
 無限につづく私の友達・・・高槻の北に、清水小学校に・・・私は毎日耳を傾ける・・・
聽える・・・私の心臓の鼓動のように私は合掌する・・・自分の幸せに。
                                           郷田 悳 
   
 できるだけ若さと躍進を志して、しかも清純な校風を靡かせるべき佳い曲をと鋭意作曲いたしました。
 永く永く皆様に歌われ愛される校歌であって欲しいと念ずるものでございます。
                                           服部良一